『フレンチ・ディスパッチ』ウェス・アンダーソンのかわいさとは何か?/映画レビュー、感想

『フレンチ・ディスパッチ』ウェス・アンダーソンのかわいさとは何か?/映画レビュー、感想

ウェス・アンダーソンによる「フレンチ・ディスパッチ」はフランスの架空の雑誌を描いたアイドル映画的な映画です。

子供の頃、神戸のハーバーランドにあった「DinDon」という巨大なからくり装置が好きでした。ただボールが転がって音が流れるだけの機械仕掛けのオブジェです。ピタゴラスイッチのように因果関係があるわけではなく(もしかしてあったかも)、ストーリー性もありません。

でもボールが転がっていく運動を見るだけで、何故か夢中で見てしまうものでした。

ウェス・アンダーソンの最新作も同じようなことが言えます。

この映画の魅力は、貴族が本気で作った超高級なブリキのおもちゃを全篇にわたって見るような喜びに溢れているところです。

例えば冒頭、街の朝のルーティーンを捉えたショット。排水が流れ出たのをきっかけにして、街中の人々が家から出てきてそれぞれの仕事を始めます。まるで音楽を奏でているようですが、それぞれのキャラは自分の仕事をこなしているだけです。まるでブリキの人形が決まりきった時間に出てきて、決まった動きをするだけするかのようです。思わず笑ってしまうほど、すごいシーンですが、こういうのがずっと連続します。

どのショットを切り取っても、絵画のようです。構図やモチーフ、色彩構成と完璧にデザインされた画面構成ですが、不思議とハイカルチャーには感じさせません。まず「かわいい!」と思わせるのがウェス・アンダーソンたる所以です。

ではその「かわいさ」はどこから来るのか。偏執的とも言えるほど作り込まれたショットの中では、役者も自由に動くことは許されません。オモチャのように決まった動きを、フレームの中で一生懸命動くだけです。

例えばある暴動が起きた瞬間を、時間が静止したかのように見せるシーンがあります。絵画がそうであるように一般的な映画では写真や静止画、スローモションを使って見せるところです。ここでウェス・アンダーソンは役者たちに「動かないで!」と言った具合に演出しています。時間が止まったかのように静止している役者たちをカメラは横移動で捉えていきます。セットを作り込んでいるからこそできる実写ではありえないカットですが、カメラの動きが気持ちいいと共に、止まってポーズを取っている役者たちにはどこか可愛げを感じます。

「アイドルの魅力とは完成度が高いものの中に、生身の女の子が見せるほつれ」とは小西康陽さんの言葉です。完璧に作り込まれた画面の中で、生身の人間だけは完璧に動くことができません。ただそのほつれは、そのままチャーミングでキュートなウェス・アンダーソン映画の魅力になっています。(だからこそアニメではカクカクした動きに見えるストップモーションをウェス・アンダーソンは選択しているのでしょう)

正式なタイトルは「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」。このいちいち「別冊」まで言ってしまうことに可愛さを感じる人は劇場へ。

「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」(「The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun」)

https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html

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